子どもの人生を信じる

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慌ただしく年末が過ぎ、

新年を迎えると、

街の木々も花たちも

時間が止まってしまったような

静寂な空気に包まれます。

 

それでも、地面の底の見えない場所では、

春に咲かせる花の準備をしていたり、

夕陽が少し穏やかな光に見えたりしてきますね。

 

 

本当に時の経つのって、

厳しくもあり、寂しくもありますが、

最高にやさしい贈り物でもあるようです。

 

 

体力も気力も真っ盛りだった、まるで人生の真夏と言える

子育てが一段落すると、

今頃になって、初めて解ること・・・

つまり、子育てに必死の時には、

あまり気づくことができなかったけれど、

こうした方が良かったかも、と思うことが

いくつかポロポロ出てきます(苦笑)

 

もちろん、すべての事は

良い面、悪い面、表裏一体なので、

それを今更、どうこう言うつもりもないのですが。

ちょっとそんな数々を書いてみたいと思います。

 

我が子であっても、別の人生

その思いつく事の大元は、

どんなに自分のお腹から生まれてきた子でも、

まるで違った魂が決めてきた

それぞれの人生を生きているということ。

を認識すべきだということ。なのかもしれません。

 

自分(子ども)の意志ですべてを選択し、

それを自由に全うしてもらうことが

真の愛なのではないかと思うのです。

(なんていうと、まるでネグレクトのように

聞こえてしまうかもしれませんが。)

 

私の場合は過干渉な親の元で育ったので、

いくつになっても、嫌われたくない、

怒られないようにしたい、

怖いのは嫌だ、

だから、自分の意見を表てだって現わせず、

常に人間関係が「共依存傾向」でした。

 

子どもの頃の親子の在り方が、与える影響 

でね・・・

そういうのって、

長引いてしまうんです・・・。

 

 

数年前、NPOで母親支援をしていた頃、

木村まさこさん(キムタクのお母様)のセミナーを

聴きに行ったことがありますが、

その時も、80代の女性が「私を抱きしめてください」と言って

壇上の木村さんの近くにいらしたのをよく覚えています。

 

いくつになっても、

補い切れなかった

親の真の愛を求めてしまうようです。

 

 

赤ちゃんが沐浴する時のように、

五本のちいさな指を広げ、

大あくびして浸かっていられる

安心感・・・自由さ・・・ゆったり感・・・。

 

 

まるで無力の子どもがすべてを委ねつつも、

相互の信頼関係があるとき、

 

本当の道を自分で選択して

生きて行かれるのではないのかな・・・

 

なんて、思ったりします。

最後に 

気がつけば、自分の親も、そのまた親も、

代々同じ影響を与え合ったりしています。

その古い傷跡を癒やしきれずに

子どもに同じことを繰り返してしまうわけです。

 

また、いくら血が繋がった親子であれ、

血が繋がらない親子であれ、

親子という関係性を持った時、

何かしらの「絆の糸を結び直すための出会い」のような気がします。

(私には養女がいますが、本当にしみじみそう思えています)

 

それぞれの人生であることを認識しあい、

負の連鎖を断ち切り、

家系のデトックスはもうやめて、

親子であっても、夫婦であっても、

お互いの畏敬なる人生を尊重しあいたいものです。

 

 

 

 

冬空に凛としている寒そうでも

光に向かっている木々や

澄み切った空に浮かぶオリオン座を見ていて、

 

そんな風に思ったりしました。

 

投稿者プロフィール

MOTHERS NET
MOTHERS NET
*個性豊かな4人の子どもと夫と、ステップファミリーを愉しみながら、
なりたい自分にチャレンジする中年女性。

離婚、子連れ再婚や中学受験、いじめ問題、不登校、両親の死などの経験を通して、
母親支援のNPO MOTHER’S NET設立や起業など、いろいろ経験。

*夢は、子どもたちの地球へのメッセージとともに、ママだって、いくつになったって、失敗もさまざまな経験も、真摯に赦し、なりたい自分にチャレンジすること。

そして、そんな仲間と人生を愉快に心豊かに分かち合うこと!

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